記事一覧

 深見友紀子のワーキング・ノートブック(2009~2014)は、2015年3月をもって終了しました。次は、ワーカホリックの私が隙間の時間で取り入れている、オーガニックフード、ヨガ、アンチエイジング医療、化粧品、アクセサリーなどに関する情報をお届けする新しいブログを計画中です。

基準が変わる

 2月24日
 インドは最高でした。
 たくさんのパワーをもらいました。

 大型スーツケース2つを一度に頭に載せる駅のポーターたち。この格好で階段も自在に昇り降りしていました。(パラーナス駅)

ファイル 150-1.jpg
▲クリックすると拡大します▼

ファイル 150-2.jpg

 ネットで調べてみると、さらに“すげーっ”写真が出てきました。一見の価値あり!! 

http://blogs.yahoo.co.jp/chinstar21st/24501398.html

 さらにさらに“すげーっ”のは、周りの人たちがこの運搬人に全く無関心だということです。「基準」が変わってしまった私は、日本の男性にちょっと荷物を持ってもらったところで、「ありがと、で!?」になりましたね(笑)。

 帰国後もインドの興奮からなかなか醒めないので、しばらくインドのネタを続けようと思います。
   


道はインドに通じる

 2月8日(2月18日微修正) 

 センター入試以降、全く余裕がない日々でした。
 来年度の授業シラバスを書きました。
 卒論の諮問会(卒業試験)を開きました。
 昨春卒業し、幼稚園教諭となった人たちに集まってもらい、後輩の在学生たちを対象に“ぶっちゃけ本音セミナー”を開きました。
 卒論研究発表の予行練習会もしました。

 一泊の名古屋出張あり。

 2校の時点で新たに章を加えるという“離れ業”をしましたが、今年度の紀要論文も無事校了。

 4月に四条・烏丸でピアノ教室「ぴあのん」をオープンさせることになり、その準備にとりかかりました。
 まずピアノをエレベータに載せられるかをチェック。ビルの5階のため、“階段上げ”ならば1階につき6300円、合計25200円の追加料金が必要なところ、エレベータなら2900円で済む。辛うじてセーフだったので、型を選定し、搬入予定日は3月14日に決定。

 大きな鏡を特注。東京の自宅の二階の壁に貼りました。 
 ミュージック・ラボのレッスンも代講ではなく自分で行いました。

 そして、

 きょうの午後、私にとって初めての楽譜集の初校校正を音楽之友社に送りました。夢の中でも校正していたので(笑)、少し開放された気分です。
 表紙もかわいく仕上がりそうで楽しみ!これがまだラフスケッチの段階と聞いてぴっくりしました。

ファイル 149-1.jpg
▲クリックすると拡大します▼

 後回しになっていた後期授業の成績づけ。先ほど「成績表」が入った封筒を宿泊先のホテル日航関西空港のフロントに渡し、京都女子大の教務課に送るように頼みました。

 これで旅行前に“やらなければならないこと”は間に合った!! 


 明日の朝、京都女子大学の研修旅行の団長として10日間のインドの旅に出発です。ヨガに出会ってちょうど一年。道はインドに通じていたような感じがします。

 楽しんできますっ。


7歳下! 年齢、サバを読む

 1月16日

 雪の京都。大学センター入試2日目の試験監督をしました。
 4年ぶりの試験監督です。

 医科歯科大学を中退し、25歳まで後1ヵ月半という時に「共通一次試験」を受けた私。人生に出遅れて焦っていました。今のようにブログあり、twitterありの時代だったら、「医師の国家試験が近づいてきました」「入社3年目、こんな仕事を任されました」といった同級生たちの“つぶやき”に押しつぶされていたと思います。

 良かった、今じゃなくて・・。

 試験会場で、後ろの席の男子受験生が「君、現役?」と25歳まで後1ヵ月半の私に尋ねました。あの時、私は“昭和32年生まれ”ではなく、“昭和39年生まれ”を生きようと無意識に決めたように思います。

 東京藝大入学後、「深見さんは890点だったよ(1000点満点)。東大でも入れたね。」とある教授が私に言いました。藝大受験生にとって「共通一次試験」なんて「通行手形」なのに、なんというムダなことをしてしまったんだ・・。

 あれから28年、相変わらず他人から見るとムダなことで時間をつぶし、夜更かしをしています。そして、“昭和39年生まれ”の学年を生きています。“昭和32年生まれ”と“昭和39年生まれ”の7歳は、“昭和32年生まれ”と今年が還暦の“昭和25年生まれ”の7歳よりも大きいはずです、たぶん。


教授=書類を書く人

 1月12日

 「大学の話をしましょうか―最高学府のデバイスとポテンシャル 」(中公新書ラクレ) 森 博嗣 (著) の中で最も印象に残った文章は、

 教授とは「書類を書く人」である、という一文でした。

 「研究する人」を辞めることができても、「書類を書く人」を辞めることはできない(笑)。3週間の冬休みが終わり、また今年も「書類を書く」日常が始まりました。


2つのうち1つしか・・

 1月3日

 謹賀新年。
 今年は2月に10日間の大旅行に出かける予定なので、その分、お正月はセール以外はどこにも出かけず、家でおとなしくしています。

 昨年4月、私は二冊の本を仕上げることが今年度の目標だと書きましたが、やっと一つのほう(編著者)の半分の初校が届き、今年度中になんとか発売できる見通しになりました。
 もう一つのほう(監修者)はまだ姿カタチも見えず。
 サクサクと本が出せる人が本当に羨ましい。

ファイル 146-1.jpg
▲クリックすると拡大します▼

 この年賀状、印刷すると大変暗く、白文字が小さすぎて見づらく、大失敗でした。うんざりしていたら、私にとって兎は縁起の悪い動物だということがわかり、まぁ暗くても仕方がないわ、と立ち直ることに。


理想の最小限(Minimal)主義(ism)に一歩近づく

 12月29日
 
 年末、20年ぶりに早稲田の自宅の大掃除をしました。
 出したゴミ、ゴミ袋35ケ分。
 処分した粗大ゴミ、小型トラック1個分。
 ドアが閉まらないぐらい物が溢れていたミュージック・ラボの物置は、整頓されてご覧の通り。

ファイル 144-1.jpg

 物置と化していた居室。家具をすべて処分し、室内にはスーツケースだけが取り残されました。

ファイル 144-2.jpg

 食器も最低限。カップ、フォーク、スプーンも2つのみ。

 借りた手は・・・
 12月24日、東京藝大院生のSくん。~物の移動や処分。ぎっくり腰、五十肩など病持ちが多い中年男性と違って、身体を労わる必要もないので、仕事、はや~い。予定していた時間の3分の2以下で終了。バイトの時給も上がり、めでたし、めでたし。
 同日、たまたま訪ねてきた盟友、中平勝子さん。~コンピュータ関係のソフト、ケーブル類の仕分け。「これっ、もらっていく」「これっ、深見さんが持っていたほうがいい」「これっ、捨て」
 あっという間に片づきました。
 12月26日 粗大ゴミ回収業者2名。

ファイル 144-3.jpg

 12月28日 ハウスクリーニング業者2名。

 仕事で苦楽を共にしている人たちも知らない、最小限主義(現在のところ、本と服は除く。) ましてやちょっと親しいぐらいでは想像さえできない、最小限主義(現在のところ、本と服は除く。) 
 理想に向けて第一歩を踏み出した大満足の年末です。


明日で仕事納め

 12月22日

 明日、Christmas MINI PIANO LIVE & PARTY 2010 for children を新宿・白龍館で開催するので、きょうはその準備と補講などをして過ごしました。子どもたち有志19名が演奏し、家族とともにクリスマスを祝います。

 http://www.ongakukyouiku.com/news.html#CMPLPP2010

 準備と補講の合間に面白いコメントをネット上でみつけました。

 麻木久仁子(48)の不倫相手で大桃美代子(45)の元夫の山路徹氏(49)について、「家賃も車も女に出させて、どの面下げてジャーナリストって言ってるんでしょうか?自分の生活もままならない、支えてくれる女性達も幸せに出来ないのに、ただ紛争地に行ってるだけなら野次馬と一緒ですよねー。今回の紛争を自分でレポートすりゃいいのにー。」というもの。

 女性の社会的な地位向上に伴って、最近、こういう“見栄ハルオ”さん、ちらほら見かけるようになりましたね。

 ここで、男と女を取り代えてみると・・・

 「家賃も車も男に出させて、どの面下げてジャーナリストって言ってるんでしょうか?自分の生活もままならない、支えてくれる男性達も幸せに出来ないのに、ただ紛争地に行ってるだけなら野次馬と一緒ですよねー。今回の紛争を自分でレポートすりゃいいのにー。」となる。

 これもかっこ悪い。

 たとえ意義がある仕事でも、別の人からの支援(不動産、動産、現金、知的なものなどすべて)が途絶えてしまうと前に進まなくなってしまう・・こうした状態に平気で居られるのは結局“太っ腹”なんだと思います。
 
 不安にならないのかな。“小心者”の私には理解できないです。


冬休み支度

 12月18日

 京都の自宅マンションからゴミ袋10個分のゴミ出し。
 この一年、室内に“入った”以上のものを“出し”、よりスリムに。
 読みたい本とハードディスクを美容液フェイスマスクとともに東京へ送りました。

ファイル 142-1.jpg
▲クリックすると拡大します▼


今年の授業、ラストウイーク

 12月17日

 一昨日2時間目の3年のゼミ「児童学演習1」は、教室を抜け出して女坂にある「里」でパーティをしました。
 ファイル 140-1.jpg
 きょうの夜は、卒論を出せた4年のゼミ生有志とまたまた「里」へ。
 ファイル 140-2.jpg
 たまに1人寂しくモーニングセットを食べる「里」。同じ空間が20代前半女子の“かたまり”によって妙に華やいで見えました。
 ファイル 140-3.jpg
 一世代下の20代前半女子が二世代下になっても、遠目には“まぎれて”しまうのが私の目標です。


「商圏」は徒歩圏に絞る

 12月15日

 2月から始めたヨガ。
 10か月間に70回もレッスンに行きました。
 5時間だらだらと仕事をするより、ヨガ教室に行き、軽くなった身体で集中して3時間で仕事をしたほうがよい。私にとっては画期的な発見でした。

ファイル 141-1.jpg

 一生徒として感じたことも多くありました。
 その一つは、教室は近いほうがよいこと。
 京都の自宅マンションから徒歩6分のところにヨガ教室があるので、マットを抱えてスパッツ姿で行ける。だから続けることができる。
 これまで、教師が良ければ生徒は遠いところからでも通ってくれると思っていましたが、それでは忙しい人(子どもも)は続かない。

 ミュージック・ラボの「商圏」も徒歩10分圏内、あるいは自転車でその程度に絞ることにしました。